「心のワールドカップ」は断トツ優勝
翌日になると、練習馬場で変化が起こった。名だたる世界のトップライダーたちが、すれ違いざまにライフ・イズ・ビューティフル号へ声をかけてくるようになったのだ。さらに、オリンピックで1つ、世界選手権で5つ、ヨーロッパ選手権で13個のメダルを獲得しているレジェンド、ジョン・ウィテカー(イギリス)が、ライフ・イズ・ビューティフル号に会うため、馬房まで足を運んでくれるというサプライズにも遭遇した。
「ブチ君の馬房の前に男性が立っていて、『誰かな?』と思ったら、あのジョン・ウィテカーだったのでびっくりしました。ウィテカーは『私も以前、ブチ毛の馬に乗っていたことがあるんだ。この馬のような成績は残せなかったけどね』と言って、ブチ君のことをなでてくれました。前日の大歓声といい、世界的に有名なライダーから声をかけられることといい、ブチ君は本当にすごい馬だなって、あらためて驚かされました」(思乃)
さらに注目を集める存在となったライフ・イズ・ビューティフル号は、大会2日目のファイナルⅡ(標準障害飛越競技/バーの高さ155-160cm)に出場。第1走行を減点13で完走し、ファイナルⅢ進出を決めた。そして、迎えた大会最終日のファイナルⅢ(二回走行競技/バーの高さ150-160cm)でも、これまで経験したことがない高難度のコースに臆することなく立ち向かい、第1ラウンドを完走。第2ラウンド進出こそ逃したが、堂々の24位という結果で大会を終えた。
「ファイナルⅡで完走できたときは、『もう一度、この舞台でブチ君と走れるんだ!』って、すごく嬉しかったです。ファイナルⅢでは、バーの高さやコースの難しさにちょっと心が折れそうになったのですが、ブチ君は何でもない顔で飛んでいましたね(笑)。それに、後半のトリプル障害で私が落ちそうになったときは、自分の首で持ち上げてくれて、無事にゴールまで走り切ることができました。ブチ君がいなければ、私の人生でこんなすごい経験ができるなんて絶対になかったと思います。ただただ感謝するばかりです」(思乃)
「ファイナルⅢでブチ君がゴールしたときは、本当に感動しました。贔屓目なしで、その日一番の大歓声でしたし、大会を通じて最も称賛を受けた馬だったと思います。ヨーロッパの人たちは、何が『本物』なのかよくわかっているんです。スウェーデンで馬車を引いていたブチ毛の安馬が、日本でチャンピオンになって故郷に帰ってきた。そして、何千万円、何億円もするエリートホースたちと堂々わたりあい、世界最高峰の舞台で立派に戦い抜いた。この感動的なドラマの裏に、どれだけの努力があり、どれだけの愛情が注がれてきたのか。会場にいた誰もがわかっていた。だからこそ、あの大歓声が生まれたんです。結果は24位でしたが、『心のワールドカップ』では断トツの優勝だったと僕は思っています」(龍馬)
その後、ライフ・イズ・ビューティフル号は2020東京五輪の代表選考会に出場するため、ヨーロッパ(ドイツ)での滞在を続けた。しかし、2020年、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大する。そして、パンデミックの影響で東京五輪の開催延期が決定したことを受け、龍馬と思乃はオリンピック出場を断念。日本に帰国することを決めた。